いかがお過ごしですか。新浦安教会の芦田高之です。
気持ちよくお過ごしの方、少しふさいだ気持ちでお過ごしの方、いろいろなお気持でお過ごしのことでしょう。
私は子どもの頃、「死ぬ」ということを考えるとものすごく怖いというか、むなしいというか、底知れない不気味な思いに襲われていたことを覚えています。今はクリスチャンになって、死ぬっていうことが、そんなに怖いことには思えなくなったのですが、お前は明日死ぬ、と言われたら、きっと、動揺すると思います。
人は何で死ぬのでしょうか?
聖書の答は、命の源である神様との関係が崩れたからだ。命の源である神様との関係が切り離されたからだ、と教えています。それは、ちょうど、切り花のような状態だとお考えいただいたらいいかもしれません。結構きれいに美しく、きらびやかに、切り花、活け花は、飾られています。でも、残念ながら命の源である根っこや球根からは切り離されています。そして、数日間は大変美しくても、その美しさは長続きしません。
私たちの命や人生も同じです。私たちを造り、私たちに命を日々注いでくださる御方、天地の造り主であられる神様との間柄が断絶しているかどうかを考える必要があります。
この御方との関係が回復されるとき、私たちの命、人生は、切り花状態から路地植え状態に代わります。命の源である神様が、私たちに「死んでもなお生き続ける」命を与えて下さるようになるのです。