ごきげんいかがですか。東川口教会の櫻井です。
わたしが神様を信じて、教会で洗礼を受けたのはわたしが21歳の時でした。もう35年以上昔のお話です。普通の民家を借りた小さな教会の、その家にあった小さな風呂の浴槽を使ってわたしの洗礼式が行われました。風呂の水につかったわたしは牧師に頭を押さえられて、全身を浴槽の水に沈められたのです。季節は秋で、風呂の水がとても冷たかったという思い出が今も残っています。
教会では神様を信じる人が、その信仰生活を始める印として洗礼という儀式を受けます。洗礼にはわたしのように全身を水に沈めるものや、頭から水を注ぐものなどいろいろな方法があります。しかし、方法は違ってもその意味はすべて同じです。洗礼は神様を信じて、わたしたちの新しい人生がここから始められることを表しています。そしてこの洗礼には、これから始める信仰生活を神様が責任を持って導いてくださることをわたしたちに保証する意味もあるのです。
ですからあなたがもし神様を信じておられるなら、是非、教会に出席して、洗礼を受ける準備をされることをおすすめしたいのです。そこから神様と共に生きる新しい信仰生活が始まるからです。
聖書の言葉「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。」ガラテヤの信徒への手紙3章26から27節。