いかがお過ごしですか。船橋高根教会の牧師の小峯明です。
あるとき、イエス様のところにユダヤ人の指導者たちが来て、イエス様を試そうとして、「天からのしるしを見せてほしいと」願いました(マタイ16:1)。旧約聖書には、神様によってなされた奇跡がたくさん語られています。ですからユダヤ人はしるしを求める者とも言われます。イエス様が本当に神の子なのか、分かりやすい証拠を見せて欲しいということでした。
確かにイエス様は、病気の人を癒したり、嵐を静めたり、亡くなった子どもを生きかえらせたりと不思議な働きをされました。けれども、イエス様に敵対し、試そうとする者たちの前では力ある業をされませんでした。イエス様の働きは見せ物ではないからです。
教会に行くと、そのイエス様の教えやイエス様の不思議な働きについて聞くでしょう。聖書に記されていることを教会では伝えてイエス様を紹介しています。困っていることが解決するようにと祈り願って教会に来られる方もあるでしょう。病気になれば、わたしたちも回復のために祈ります。けれども、問題がすぐに解決することもあれば、解決しないこともあります。また病気が治ることもあれば、治らないこともあります。今は、イエス様は天からのしるしは止めたのでしょうか。そのようなしるしを示す力は教会には託されてはいないのでしょうか。
教会にはただ一つのしるしを伝えることが託されています。それはイエス様の十字架の死と復活です。これ以上に不思議なことはありません。そしてそれはわたしたちのすべての問題を解決するしるしです。イエス様がわたしたちのために死に、わたしたちのために復活してくださいました。それこそが最大の天からのしるしです。